日野原重明さん、脚本家としての一面も!葉っぱのフレディで舞台に

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日野原重明さん生涯現役貫く 聖路加病院名誉院長

聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんが7月18日、呼吸不全で亡くなりました。

日野原さんは1911年生まれ。

日野原重明 葉っぱのフレディ

「生涯医師」貫いた日野原重明さん。

東京大空襲の際に診察をして回り、オウム真理教による地下鉄サリン事件では医師らの指揮をとるなどの活躍をしてきました。

また、よど号ハイジャック事件に遭遇したという経験もあり、人質として4日間にわたり拘束されている間は他の乗客や乗務員の健康を気遣っていたといいます。

医療の世界では有名人の日野原さんですが、その人生はまさに波乱万丈そのものだったのです。

 

日野原重明さん 葉っぱのフレディ脚本も

日野原重明さんは予防医学の重要性を唱えたり、「生活習慣病」「新老人」という名称を生み出すなどの功績を持っています。

一方で、脚本家としての側面もありました。

2000年、88歳の時に「葉っぱのフレディ」の舞台を企画した日野原さん。

舞台の脚本を手がけました。

日野原重明 葉っぱのフレディ

レオ・バスカーリア原作の絵本。

「葉っぱのフレディ」は、春に芽吹いた一枚の若葉「フレディ」が出会いや別れを通じて成長し、冬に散ってしまうまでの1年を見つめた物語です。

90歳を前に原作のアメリカの絵本に出会った日野原さんが「限られた時間をどう生きるかについて考えさせるこの作品に、多くの子どもたちに触れてほしい」と、みずからミュージカルを企画し脚本の原案を手がけました。

引用元:日野原さん「葉っぱのフレディ」命の大切さ訴え

国内では2009年まで公演が行われましたが、2010年にはニューヨークでも公演が行われました。

 

葉っぱのフレディにオリジナルの登場人物

舞台「葉っぱのフレディ」の脚本を手がけた日野原重明さんは、物語の中に原作には登場しない人物を加えました。

それは年老いた医師ルーク。

日野原重明 葉っぱのフレディ

自ら舞台に上がり子どもたちと共にダンスを披露したことも。

日野原さんはこのルークを通して、生と死に対する思いを述べました。

「私は死ぬのが怖かった。いろんな本を読みあさって、死についてばかり考えていた。だがね、命というものは考えるものじゃないんだ。感じるものなんだよ。そう、たしかに私は命を感じました。するとどうだ。死ぬのが怖くなくなってきた。いや、むしろ生きていること自体、不思議なくらい楽しく思えるようになってきた」

引用元:日野原さん「葉っぱのフレディ」命の大切さ訴え

 

日野原重明さん「医師になっていなければ音楽の道に」

大の音楽好きであったという日野原重明さん。

指揮者の小澤征爾さんと広島で平和コンサートを開催したこともあります。

日野原重明 葉っぱのフレディ

小澤さんと共に原爆慰霊碑に献花する日野原さん(2005年)。

「医師になっていなければ音楽の道に進んでいたかもしれない」と語っていたほど、音楽をこよなく愛していました。

葉っぱのフレディのエピソードからも感じとれることですが、芸術面への情熱が大きい方だったのでしょう。

 

 

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