俳優菅原文太(81)死去|どんなひとだったのか?名言,名台詞集

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俳優菅原文太(81)死去|どんなひとだったのか?名言,名台詞集

 

菅原文太さんが81歳、肝がんにて死去

菅原文太さんが81歳、肝がんにて死去

高倉健さんに続いて、昭和の名俳優の一人菅原文太さんも、81歳にて肝がんが原因で死去されました。

ご冥福をお祈りします。

しかし、若い世代には方はやはり「菅原文太ってだれ?」とピンとこない人も多いと思います。

そこで、菅原文太さんはどんな人だったのか、そして、出演した作品「仁義なき戦い」などで残した名台詞・名言集なども紹介したいと思います。

 

死去した菅原文太さんのプロフィール。精力過ぎてすごい

菅原文太さんは1933年仙台生まれ、つまり、戦争を経験されているんですね。

一時は東京に引っ越すも疎開のため仙台に戻り、

戦争が終わってからは早稲田大学法学部へ進学。当時の大学進学は今と比べ物にならないほど恵まれ、かつ優秀な人しか行けませんでしたから、早稲田大学ともなると非常に優秀な方だったんですね。

菅原文太死去

若いころの菅原文太さん

しかし、早稲田大学を中退してしまいます。その後始まったばかりの劇団四季のなんと一期生として入団。

さらに日本初の男性のみのモデルクラブ、「ソサエティ・オブ・スタイル」を結成、雑誌のファッション・ショーなどを行います。

菅原文太さんの雑誌初表紙

菅原文太さんの雑誌初表紙

ものすごく精力的に活動されていたんですね。

そして、ある日喫茶店でお茶を飲んでいると新東宝のスタッフからスカウト、映画俳優を志すようになるのです。

映画俳優となってからは、今でも前世代が名前を知っている名作、「仁義なき戦い」や、

「まむしの兄弟」「トラック野郎」などで主演多数。

「トラック野郎」の菅原文太に感化されて、当時のトラック運転手はこんな感じで自分のトラックにペイントを施し、

一世を風靡しました。

トラックのペイントが一世を不備下

トラックのペイントが一世を不備下

映画俳優であるとともに、大河ドラマでも様々な役を演じ様々な作品に出演しており、当時ではまさにみんな知っている名俳優、といった感じです。今でいうところの渡辺謙さん的なところでしょうか。

 

そして、2003年映画の「わたしのグランパ」で主演を務めた後は、」山梨県で農業を始め、半ば引退し、ゆっくりとした余生を楽しんでおられた、といったところでしょうか。

 

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菅原文太名言・名台詞集「仁義なき戦いより」


やはり、菅原文太さんの名作と言えば、任侠映画の代表作「仁義なき戦い」。

今回はそこでの菅原文太さんの名台詞ランキングがあったので貼っておきますね。

 

1位

あんたは初めからわしらが担いどる御輿じゃないの。組がここまでなるのに誰が血流しとるの。御輿が勝手に歩けるゆうんなら、歩いてみいや。・・・喧嘩はなんぼ銭があっても勝てんので。

2位

前向いても崖、後向いても崖やで。あんじょう性根を入れて歩くこっちゃな。

3位

こんなもここらで男にならんと、もう舞台は回ってこんど。

4位

指揮官は一人で十分じゃろ。お前がやられたら骨は拾っちゃるけえ。

5位

蛇はどんなに切られても頭さえ残っとったら生き返ることができるんです。頭食われたら生き返るもんも生き返りゃせんのですけえ。

引用元:『仁義なき戦い』格好いい名言ベスト10 菅原文太、梅宮辰夫、松方弘樹、伊吹吾郎、北大路欣也、田中邦衛

 

菅原文太死去

菅原文太さんの名作「仁義なき戦い」

 

謹んでご冥福をお祈りします。

今日はこの辺で失礼します。

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