千と千尋の神隠し|わからない?謎解き2大解説・考察はこちら

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千と千尋の神隠し、その解説2大説を紹介!

千と千尋の神隠し、その解説2大説を紹介!

今でも普及の名作となっている千と千尋の神隠し。中には「わからない」という人が多いようです。

巷では神話に絡めたり、中国文化に絡めたり、はたまたわけわからんと毛嫌いする人もいたりと、様々な解説・考察がなされています。

実は千と千尋の神隠しの神隠しに隠された象徴や物語に関しては大まかに分けて2つの説があるらしく、それを紹介したいと思います。

 

千と千尋の神隠し|「一人の少女の生きる力が成長していく×宗教的神話」説

 

さて、これはありきたりな解説ではありますが、

千と千尋の神隠しには、「一人の少女が生きる力を蓄え、一つの成長を遂げていく物語」に宗教的、神話的なテーマが組み合わさっているという説です。

劇中に出てくる屋台街は台湾の台南にあるここがモデルとなったそうです

劇中に出てくる屋台街は台湾の台南にあるここがモデルとなったそうです

組織と親の保護が人を子供にする?

湯屋で働くものは名前を奪われる、そして、自分の名前を忘れてしまうとそこから出られなくなるという点に一つヒントがあるようです。

千尋は湯屋で働く際「千=1000」という名前に変えられます。

名前を奪われ、囚人のように番号で呼ばれるようになるのである。個人は、組織の中で名前を奪われ、責任を組織が肩代わりしてくれることで、自我は消失させられていく。そして、結果的に個人の人生は奪われることになる。

引用元:千と千尋の神隠し解説

また、千尋の親が豚にされてしまい、親から離れたところで成長を遂げていく点も重要です。

豚になる前の千尋の両親。食べるシーンが非常に印象的

豚になる前の千尋の両親。食べるシーンが非常に印象的

親の庇護、というところからも生きる力は失われていくのです。

この状況を本編で具象化しているのが、湯婆婆が溺愛している「坊」の存在である。彼は思い通りにならなければ、泣き叫ぶだけでなく仕舞いにはドスの利いた声で千尋を脅す始末。そんな彼は、銭婆の魔法で「坊ネズミ」になると、湯婆婆の母性から解放され、「生きる力」を身につけていく。彼が魔法が解かれても「坊ネズミ」のままでいようとするくだりで、自らの意志で生きていこうとする姿勢が彼に身に付いてきたことを感じられる。

引用元:千と千尋の神隠し解説

湯屋はこの愛媛県道後温泉がモデルになったそうです

湯屋はこの愛媛県道後温泉がモデルになったそうです

「活動力」としての靴

作品中に出てくる「靴」も重要な象徴的役割を果たしているとされています。

靴は、人間が動いたり働いたりするための必需品、「エネルギーの源」ですね。湯屋で働き始めるときに名前と同時に靴を失ってしまう千尋。

千尋が、幼い頃、川に落ちた靴を拾おうとして溺れたことを思い出すシーンである。ここで、湯屋に入った千尋が、名前とともに靴を奪われてしまうことを思い出して欲しい。

かつて靴(=活動力)を取り戻すために川に飛び込んだ経験があることを思い出させ、本来自分の中には「生きる力」が秘められているのだと気づかせる。

引用元:千と千尋の神隠し解説

これも神様でしょうか(笑)

これも神様でしょうか(笑)

また、親和性、宗教性についてなのですが、例えば最初に千尋と両親がくぐっていくトンネルが「子宮」を象徴していたり、

湯屋をつなぐ赤い橋が仏教でいう「三途の川」を表していたり、

カオナシが食べたものを吐く、という点は宗教的なカタルシス(浄化)を表していたり、

など、様々な宗教的、神話的象徴があるといわれています。

まあ、劇中でも実際に湯屋は「八百万の神様が体を休めに来るところ」と言及がなされているので、その通りでしょうね。

 

 

千尋は娼婦?湯屋が娼館説は本当か。

一部の意見ではありますが、「娼館」で千尋が成長していく、という物語説ですね。

主人公は「湯女」として働かされるのだが、国語辞典でも百科事典でも何でもいい。「湯女」という言葉を引いて欲しい。
たとえば『日本大百科全書』にはこうある。
「温泉場や風呂屋にいて浴客の世話をした女性のこと。一部は私娼(ししよう)化して売春した」

「そういう見方もある」だの「そういう解釈もある」だのというレベルではなく、「湯女」とは「娼婦」を意味する名詞なのだ。

引用元:「千と千尋の神隠しは性風俗産業の話である」という町山智浩さんの見解

 

昔の湯女図。確かに世界観は似てなくもない?

昔の湯女図。確かに世界観は似てなくもない?

 

しかも、実はこの風俗産業を描こうという案、実際にスタッフから提案があった、という話も出ています。

風俗産業で働く少女を主人公にするというアイデアを出したのは鈴木敏夫プロデューサーで、「人とちゃんと挨拶ができないような女の子がキャバクラで働くことで、心を開く訓練になることがあるそうですよ」というようなことを宮崎監督に話したら、「それだ!」とアニメの発想がひらめいたそうだ。

ちなみに、少女が娼婦に身を落として、自分や親の罪を贖うという物語は実は世界中のあちこちにある。お姫様や絶世の美女が苦界に落ち、我が身を男たちに与えていくが、本当の優しさにめぐり合った時、天女になって天に召されるという草紙だ。

引用元:「千と千尋」はなぜ「湯女」なのか

確かに、一理あるかもしれません。

実際に、一部シーンで「回春」と書かれていたり、

「回春」の文字。もともとは中国のマッサージ法の一つで、それが日本でそういう意味になり始めたという経緯有

「回春」の文字。もともとは中国のマッサージ法の一つで、それが日本でそういう意味になり始めたという経緯有

示唆している部分は多いように思えます。

しかし、スタッフが言う通り、場所が場所でも、あいさつもできないような女の子(千尋)が実際にしっかりと成長していく、という点を描いている分を考えても、結構的を得ているのではないでしょうか?

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千と千尋は「単純に物語と映像美として楽しむのが一番楽しい」説

しかし、上の2説でもカバーしきれない部分があったり、整合性が保てない部分があったりと、結局何が言いたいのかわからない部分が多いようですね。

というわけで、以下の以下のコメントなども意外に的を得ていたりします。

全ての答えは「この映画は単なる映像美」でしかないから
話は破綻だらけで映像の美しさしか観るところがない 

引用元:千と千尋の神隠しって不思議な映画だよな

sento

この意見、意外に的を得ているようで、宮崎駿監督自身もこんなことを言っているそうです。

千と千尋に関して、宮崎監督は「成長物語ではない」と明言しています(パンフレットのインタビューにも載っています)。
何も出来なかった少女が、異世界に放り込まれて頑張って自立する成長ストーリーでは決してない、ということです。
成長すれば素晴らしい、というような安易なストーリーにはしたくなかったとおっしゃっています。

エンディングの歌でも歌われているように、あのお話は「輝くものはいつもここに 私の中に見つけられた」ということがメインテーマのようです。つまり、もし千尋のような状況に放り込まれても、大丈夫、君はやっていけると、少年少女たちに言いたかった、そんなお話とのことです。

引用元:千と千尋の神隠しはほんとに名作??どこが面白いですか?教えてください。

 

ま、要するに、物語の背後にある象徴を探るという作業はやめて、純粋に一つの物語として、映像美として楽しむ、というのが一番いい楽しみ方かもしれません。(笑)

 

では、今日はこの辺で失礼します。

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