高倉健さん死去|その人間味溢れる逸話,エピソードがすごい

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高倉健さん死去|その人間味溢れる逸話,エピソードがすごい

名優高倉健の逸話を紹介

名優高倉健の逸話を紹介

日本国民が認める名俳優高倉健さんが御年83歳にて、悪性リンパ腫(白血病)にて亡くなられました。

亡くなったのは2014年11月10日だったそうで、すでに親族の間のみでの密葬は済ませているそうです。

高倉健さんは60年代になり任侠者の映画に出るようになり人気になり、「網走番外地」、「日本侠客伝」などは大いに話題になりました。

高倉健さんの生涯通しての映画出演本数はなんと205本、最近では「あなたへ」、「鉄道員(ぽっぽや)」などで渋すぎる演技を見せていました。

今日はそんな高倉健さんの人間味あふれるエピソードを紹介したいと思います。

 

死去された高倉健さんの人間味溢れる逸話,エピソードはこちら

 

まずはその撮影へのこだわりに関するエピソードから

『幸福の黄色いハンカチ』の冒頭で、刑務所から刑期を終え出所した直後の食堂で、女性店員についでもらったグラスに入ったビールを深く味わうように飲み干した後、ラーメンとカツ丼を食べるシーンがある。
その収録で「いかにもおいしそうに飲食する」リアリティの高い演技を見せ、1テイクで山田洋次監督からOKが出た。
あまりにも見事だったので、山田が問い尋ねると「この撮影の為に2日間何も食べませんでした」と言葉少なに語り、唖然とさせた。

引用元:【伝説】高倉健が何故ヤバいのかを「あなたへ」まとめ【エピソード】

 

幸せの黄色いハンカチに出演した高倉健さん

幸せの黄色いハンカチに出演した高倉健さん

 

高倉のファンである映画監督・張芸謀(チャン・イーモウ)は、『単騎、千里を走る。』の撮影の際、高倉が休憩の時に椅子に一切座らず、他のスタッフに遠慮して立ち続けていたことや、現地採用の中国人エキストラ俳優にまで丁寧に挨拶していたのを見て「こんな素晴らしい俳優は中国にはいない」と発言している。

引用元:男が一番憧れる男:高倉健が何故ヤバいのか?

撮影が終了した時は中国人エキストラの方が何人も泣きながら高倉健さんに抱き付いたとか

撮影が終了した時は中国人エキストラの方が何人も泣きながら高倉健さんに抱き付いたとか

 

 

録音師の証言
撮影開始前、高倉健さんに、「シーンによっては、体に小型マイクをつけることがあります。」と説明をしに行ったら、
「問題ないですよ」と言って、自分の服を広げて見せてくれたら、なんと、すでに、8つのマイク用ポケットが縫い付けてあって、それも、どれも音がしっかり拾えるような角度で付けてあって、驚きすぎて倒れそうになりました。
「これこそ、本当のスターだ、プロだ」と思いました。

引用元:【伝説】高倉健が何故ヤバいのかを「あなたへ」まとめ【エピソード】

文化勲章も受賞した高倉健さん

文化勲章も受賞した高倉健さん

 

高倉健さんがタバコのLarkのCMをやってた時のことだ。
以前はヘビースモーカーだった健さんだったが
当時は一切吸っておらず
あくまで仕事として割り切って受けたのだ。
…にも関わらず、健さんはCM期間中
いつもワイシャツの胸ポケットに
Larkを入れ、薄らと見えるようにしていた。

引用元:【伝説】高倉健が何故ヤバいのかを「あなたへ」まとめ【エピソード】

タバコ吸ってる姿も渋すぎますね

タバコ吸ってる姿も渋すぎますね

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その男気に惚れる人も少なくないようで。。

ビートたけしが、こんな”高倉健伝説”を明かした。
〈雪の中でね、深夜に着いたのかな。雪がワーワー降ってて、ドア開いたらね。20年前だけど、花束を持って健さんが立ってたの。驚いちゃってさ。「高倉です」とかいって「今回はありがとうございました」って花(束)もらっちゃって……〉
たけしが健さんと初共演した映画『夜叉』(85年)の撮影現場のこと。現地入りした、たけしを出迎えたときのエピソードだ。

映画界の至宝といえる男に、雪の中、わざわざ出迎えられたのだから、さすがのビートたけしも大感激。以来、本誌既報のとおり、この2人は互いに”健さん””たけちゃん”と呼び合う仲になった。
「27年前に続いて、2回目の共演となった『あなたへ』のロケ現場でも、健さんは”たけちゃんが来るのが待ち遠しい……”といって、高山駅(岐阜県)まで迎えに行っていました」(映画関係者)

引用元:共演者たちが一瞬で惚れる高倉健「ホンモノ男力」エピソード集 vol.1

ビートたけしと高倉健

ビートたけしと高倉健

 

共演したマイケル・ダグラスは大阪京橋の野外シーンロケで、日本人のファンが高倉に憧れて接する姿を目撃した。その様子をダグラスは「アメリカ ではブルース・スプリングスティーンの時だけだよ。あんなに尊敬される姿を見られるのは!」と驚いていた。

引用元:男が一番憧れる男:高倉健が何故ヤバいのか?

ダグラスさんとは映画「ブラックレイン」で共演

ダグラスさんとは映画「ブラックレイン」で共演

 

独立以後も現在まで映画スターであり続けている一方で、テレビドラマへの出演は数えるほどしかない。その出演理由も「故郷にいる母親にテレビで 毎週自分の顔を見て安心して欲しいから」というものである。

引用元:男が一番憧れる男:高倉健が何故ヤバいのか?

 

石倉三郎:高倉健さんに「俳優になりたいのか?」みたいな声をかけてもらい東映エキストラをやらせてもらうも、元々喧嘩っぱやぃ彼は撮影現場で 暴れ喧嘩し、それから仕事のない生活をするも、ある日寝てたら電話が鳴り、「高倉ですが・・」との声に、まさか高倉健さんからだと思わずに、高倉 健さんに対し「何言ってんだ、バカヤロー!」と電話口で怒鳴りつける。

本人だと分かり・・慌てて「今から行く・・」という高倉健さんに、慌てて布団をたたみ、待ってると、雨の中・・ジープでアパートに健さんが現れ、 「今日、誕生日だろ?」と、着てた革ジャンを彼に渡し・・そのまま健さんは立ち去った。

引用元:男が一番憧れる男:高倉健が何故ヤバいのか?

石倉さんの「倉」は高倉健さんからもらったとの逸話も

石倉さんの「倉」は高倉健さんからもらったとの逸話も

 

岡村とは第23回日本アカデミー賞で同席し、長年のファンであることを伝えた。岡村は「将来は高倉健さんのような俳優になりたい」というスピーチで会場に笑いが巻き起こる中、高倉は立ち上がって拍手を送った。岡村が病気で療養中の際にも電話や手紙でメッセージを送っている。

引用元:【伝説】高倉健が何故ヤバいのかを「あなたへ」まとめ【エピソード】

 

高倉健さんと岡村隆史さん、テレビでも一度夢の共演がありました

高倉健さんと岡村隆史さん、テレビでも一度夢の共演がありました

 

今から33年前の1977年に映画「幸福の黄色いハンカチ」
が公開されました。
山田洋次監督作品、当時任侠映画のスターだった高倉健さん
が主演。
武田さんにとっては初めての映画出演でしたが、
今年4月にあった「幸福の黄色いハンカチ
デジタルリマスター」の公開記念試写会にて撮影当時を
振り返り、
「僕は素人俳優だから、監督にいつも怒られていましてね。
健さんが『お前、大変だったな』
となぐさめてくれるんですよ。
それで『オレばっかりいじめるんですよ』
と愚痴をこぼしたら、
『伸びないやつはしごかねえよ』と言ってくれて……。
宿まで泣きながら帰りましたよ」。
と話した。

引用元:高倉健さん名優エピソード伝説

武田鉄矢さんも新米だったんですね

武田鉄矢さんも新米だったんですね

 

こんな高倉健さんのエピソードにあらわれてくるのは、「真摯・謙虚・気遣い」

そんなことができる名俳優なかなかいませんでしたね。

ご冥福をお祈りします。

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