「火垂るの墓」放送禁止の理由は?清太と節子の生存ルートがあった!

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「火垂るの墓」は放送禁止だった?理由を解析してみた

高畑勲監督の訃報を受け、4月13日(金)の金曜ロードショーでは「火垂るの墓」が放送されました。

実は「火垂るの墓」は過去「放送禁止」となった時期があります。

火垂るの墓 放送禁止

「火垂るの墓」を急きょ放送した金ローに「他の作品がよかった」という声も。

1988年に「となりのトトロ」と同時上映という形で公開された「火垂るの墓」。

以来1~3年のペースでテレビでも放送されてきましたが、2009年から2013年までブランクがあります。

この頃が放送禁止の時期と考えられます。

ではなぜ放送禁止となったのか…その理由を解析していきます。

 

「火垂るの墓」放送禁止の理由 ①政治的・思想的理由

終戦前後の日本が舞台である「火垂るの墓」。

火垂るの墓 放送禁止

太平洋戦争末期の神戸を舞台としている。

2009年から2013年は日本の世論が右寄りになっており、その影響で反戦要素の強い「火垂るの墓」が放送禁止になったという説があります。

 

「火垂るの墓」放送禁止の理由 ②商標権の問題

節子がずっとドロップの缶を持っていましたね。

あのサクマ式ドロップスです。

火垂るの墓 放送禁止

作中に登場した旧式デザインのドロップが販売されている。

「火垂るの墓」公開後メーカーの佐久間製菓株式會社はいったん廃業し、創業者の息子が同じ名前の佐久間製菓株式会社サクマ製菓株式会社を興しました。

いずれも前身企業の後継者を名乗りドロップの製造をしていたものの、裁判の末「サクマ式ドロップス」の商品名を使うのは佐久間製菓株式会社だけとなったのです。

だからといって「ジブリ映画でその名前を出してはいけない」ということにはなっていません。

よって、ドロップの商標権の問題と「火垂るの墓」放送禁止の関連性は薄いです。

 

「火垂るの墓」放送禁止の理由 ③視聴率の低下

一番シビアな問題です。

「火垂るの墓」の視聴率は2007年放送分から1ケタに落ちており、それが放送禁止の理由ではないかという説があります。

火垂るの墓 放送禁止

重い作風のため「嫌いではないがあえて放送を観ない」という人も。

ちなみに高畑勲監督の死去にともなう追悼放送だった4月13日放送分は、視聴率6.7%。

これまでで最低の視聴率となりました。

 

清太と節子の生存ルートが存在?「火垂るの墓」のパラレルワールド作品

「火垂るの墓」に登場する清太と節子は命を落としてしまいます。

しかし「火垂るの墓」原作者の野坂昭如さんは清太と節子の生存ルートを描いた作品を遺していました。

その作品は「アメリカひじき」

火垂るの墓 放送禁止

タイトルは俊夫が紅茶の茶葉をひじきと間違えて食べてしまったというエピソードから。

「火垂るの墓」のパラレルワールドを描いた短編小説であり、清太や節子に該当する人物が登場します。

パラレルワールドの清太とみられる主人公、俊夫は36歳。

妻子に恵まれ、自身はテレビCMフィルム制作のプロダクションを経営しています。

アメリカ人の老夫婦をもてなすことになった俊夫一家。

そんな状況の中、俊夫はアメリカ人に対する心理的アレルギーと闘います。

 

 

 

 

 

 

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