ジブリ高畑勲監督のおもしろエピソードとは!?「パクさん」の由来も

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ジブリ高畑 勲監督死去 海外でもニュースに

ジブリ映画「かぐや姫の物語」などを生み出した高畑勲監督が4月5日に亡くなりました。

高畑勲 ジブリ

肺がんで亡くなった高畑勲監督。

「アニメーションの父」と称えられた高畑監督の訃報で、海外でも悲しみの声が上がっています。

SNSには、『火垂るの墓』の画像とともに「信じられない」「レジェンドだった」など、ショックと悲しみを伝える声が後を絶たない。

フランスのアニメチャンネルとして知られる「Catsuka」ではTwitterで追悼の意を示し、2014年に行われた監督のインタビューがオンラインでも見られることを告知、さらに『火垂るの墓』を再放送すると伝えている。

引用元:高畑勲監督、海外からも悲しみの声「アニメーションのパイオニア」

葬儀、告別式はすでに営まれ、5月15日にスタジオジブリによるお別れの会が開かれる予定です。

 

ジブリ高畑 勲監督のプロフィール 手がけた作品の数々

高畑勲監督は1935年10月29日生まれ。

出身は三重県です。

高畑勲 ジブリ

アニメの監督であるにもかかわらず、絵は描いていなかったという。

東京大学卒業後、東映動画に入社。

宮崎駿さんとの出会いも東映動画でした。

1968年、映画「太陽の王子 ホルスの大冒険」で長編監督デビューを果たします。

1984年には宮崎さんが監督を務めた「風の谷のナウシカ」をプロデュース。

1985年には宮﨑さんと共にスタジオジブリを立ち上げました。

高畑勲 ジブリ

高畑勲監督が脚本、監督を務めた「火垂るの墓」。

 

<高畑勲監督の作品>

パンダコパンダ(1972年)

赤毛のアン(1979年)

じゃりん子チエ(1981年)

火垂るの墓(1988年)

平成狸合戦ぽんぽこ(1994年)

かぐや姫の物語(2013年)  etc.

 

高畑 勲監督のおもしろエピソード① 「ナマケモノの子孫」

宮崎駿さんと共にスタジオジブリを設立した高畑勲監督。

なんと超のつく遅筆だったのです。

高畑勲 ジブリ

手描き風の線にこだわった「かぐや姫の物語」。

13年の「かぐや姫の物語」は、当初の予定より4か月遅れで公開された。

引用元:高畑勲監督、天国へ 宮崎駿監督とスタジオジブリ設立 5月15日にお別れの会

そのため宮﨑さんに「パクさんはナマケモノの子孫」と揶揄されてしまいました。

 

高畑 勲監督のおもしろエピソード② 宮崎駿さんが自宅を抵当に…

アニメ界の巨匠であった高畑勲監督ですが、お金の管理が甘いところがありました。

高畑勲 ジブリ

「柳川堀割物語」一部アニメーションパートが含まれる実写映画。

1987年の映画「柳川堀割(やながわほりわり)物語」を作った時、製作費が予算をはるかにオーバー。

そのため宮崎駿さんが自宅を抵当に入れたことがあったのです!

 

高畑 勲監督の愛称「パクさん」の由来は?

最後に高畑勲監督のニックネーム「パクさん」の由来に触れていきましょう。

「パクさん」は好物のパンをパクパクおいしそうに食べる様子からつけられた愛称です。

高畑勲 ジブリ

食パンが大好きであったという高畑勲監督。

若い頃仕事によく遅刻していたという高畑監督。

出勤後自宅で食べそびれた朝食のあんパンをパクパク食べていた様子から、まわりから「パクさん」と呼ばれるようになりました。

今でも宮崎駿さんが「パクさん」というニックネームで呼び続けていますね。

 

 

 

 

 

 

 

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