北島三郎次男・大野誠が孤独死!プロフィールは?おじゃる丸OPも

スポンサードリンク

元1st BLOODメンバー大野 誠さん遺体で発見 北島三郎さん次男

元ミュージシャンで会社役員の大野誠さんが、都内の自宅で遺体で発見されました。

大野さんは歌手の北島三郎さんの次男。

ロックバンド1st BLOODのボーカルとしても活躍していました。

北島三郎 大野誠

調布市の自宅で倒れているのを発見された大野誠さん。

大野さんの死因は心不全。

発見時死後1週間ほど経過した状態だったのです。

 

北島三郎さん次男・大野 誠さんプロフィール おじゃる丸OPも

1988年、ロックバンド1st BLOODのボーカルとしてデビューした大野誠さん。

当時、「MAKOTO」名義で活動していました。

北島三郎 大野誠

1st Bloodは2枚目のアルバムを出した後に解散した。

1st BLOOD解散後は大地土子(とこ)というペンネームで、父・北島三郎さんの曲を作詞、作曲していたのです。

加えて、北島さんら歌手の楽曲の著作権を管理する北島音楽出版の役員も務めていました。

 

大野さんが手がけた楽曲には人気アニメ「おじゃる丸」のオープニングテーマも!


「詠人(うたびと)」「夢人」は大野さんが作詞、作曲した曲だったのです。

 

北島三郎さん次男・大野 誠さん 亡くなる前も普段と変わらず

1人暮らしだったという大野誠さんですが、遺体発見時は死後1週間が経過していました。

どうしてこんなにも発見が遅れてしまったのでしょう?

北島三郎 大野誠

現在、若年層の孤独死が増加傾向にある。

北島三郎さんの所属事務所である北島音楽事務所の社長で三郎さんの長男である大野竜社長は、弟に異変を感じませんでした。

大野社長が最後に連絡をとったのは2月22日で、そのときには変わった様子はなかったという。

「自宅で創作活動に入るとこもって集中するタイプ」で連絡をとりにくいことがたびたびあったという。本来なら1、2日で折り返しがあったが、今回は1週間も連絡がなかったため、警察に連絡をしたという。

引用元:サブちゃん慟哭…なぜ孤独死、次男は「よき相方だった」

音楽に携わる人は仕事柄、音信不通になることは珍しくなさそうですね。

大野さんの場合特に連絡がつかないことが日常的にあったので、それが発見が遅れる要因になったのです。

 

次男・大野 誠さん死去で北島三郎さんに心配の声

大野誠さんの葬儀、告別式は3月8日に都内で営まれました。

喪主は父・北島三郎さんです。

北島さんはその前日に会見を開き、悲痛な胸の内を明かしました。

北島三郎 大野誠

仕事には精力的だが、体調を考慮しスケジュール調整が行われているという。

会見で北島は、何度も「つらい」と口にした。

「仲が良かっただけに、ショックは計り知れない。今年の北島さんは頸椎の病状も良くなって、体調面の不安もなく、これから音楽活動にまい進すると言っていたばかりだったのに、大丈夫なのか?」

引用元:次男急死で憔悴・北島三郎の「今後」に不安の声

息子に先立たれてしまった北島さん。

北島さんが「良き相方」と言い表すだけ、仕事面でも大野さんは大きな支えだったのです。

そんな息子を失った悲しみを抱える中ですから、精神面や体調を心配する人も当然います。

 

 

 

スポンサードリンク

コメントを残す

このページの先頭へ